恋愛教室
内容紹介
ため息とも気合の注入とも取れそうな、そんな複雑な呼吸を教室の扉の前で
繰り返すひとりの男の子がいた。ぎこちない動きに、いくぶんか緊張が見て取れる。
そして彼はぶんぶんと細かく何度か頭を振り回すと、意を決したように勢いよく扉を開け放った。
「おは――」「あーっ、うわさの月島君きたきた!」「うそっ、どこどこ!?」
さっそく、まるで珍獣でも発見したかのような扱いを受けてしまう彼。
しかしそれに対してリアクションを示す暇もなく――。
「おはようございます♪」「チィーッス!」「月島様、ごきげんよう」「月島先輩おはようございますっ」
「やあ、おはよう」「んー……おはよ……」「グッモーニンじゃ、おにーちゃん☆」「は、はうっ……!」
――と、まあこんな感じで一定の距離を保ちつつもクラスの女子たちが次々と集まってくる。
そう。月島と呼ばれた彼は『まるで』でもなんでもなく、紛れもなくこのクラスの珍獣なのだ。
昨年まで女子校だったことを考えれば、ノイズや異分子と言い換えてもいい。
……え? うらやましい? いやいや、とんでもない!
「ふんっ……ハーレムのつもりかしら?」「死ねばいいのに」「は、はは……は」
(昨日の第一印象が悪すぎたのだろうか?)
そんなことを彼は苦笑いしつつ、脳裏で思い悩む。
結果的に彼という物珍しい存在は、この教室の生徒たちを三つの勢力に切り分けていた。
推進派、穏健派、そして保守派へと。
「さ、HRはじめるわよ ?」「あ」「お?」「やばっ」「じゃあね、月島君♪」「ごきげんよう」「んー…」
教室に入ってきた先生の鶴の一声で、珍獣に群がっていた野次馬気分の
クラスメイトたちが各々の席へと足早に戻っていく。
「きり つ」
――とくん、とくん。
まだ少し、胸の鼓動が激しい。身体の芯のあたりが、わずかに熱い。
彼はしばしの間、自分の胸に手を当て……そして微かに笑う。
「礼 」
委員長の号令で、今日もこうして学園生活が始まる。
まだ慣れない……昨日から始まった、この新しい日常。
新しい教室。新しいクラスメイトたち。
もしかしたらこの鼓動は、これから始まる無限の可能性を感じてのことかも知れない――。